フリーアナウンサーの大橋未歩さんの脳梗塞の話より

一病息災とは、

病気もなく健康な人よりも、一つぐらい持病があるほうが健康に気を配り、かえって長生きするということ。▽「息災」は健康であること、身にさわりのないこと。

という慣用句があるように、持病があるからこそ意識できる事があるということだ。

2018年8月29日付の読売新聞の夕刊に、フリーアナウンサーの大橋さんのコラムが掲載されてあったので、筆者も糖尿病を持っているので感じるところがあったので紹介しようと思う。

感覚がない。自分の左手なのにマネキンの手を触っているようー。
2013年(平成25年)1月の夜、寝支度をしようと洗面台に立った。なにかおかしいとは思ったがそのまま洗顔クリームに手を伸ばした。つかみ損ねて床に散乱した。片付けようとして倒れた。異変に気づいた家族が助けに来てくれた、。救急車を呼ぼうとしている。でも、大事にはしたくない「らいじょうぶ」ろれつがまわらず「大丈夫」と言えない。
~中略~
目標を決めて努力すれば、なんでも叶うと信じていた。体も、気持ちでどうにかなると考えていた。その考えの傲慢さに気付かされた。

とあった、この記事の最後の結びには「体も、気持ちでどうにかなると考えていた。その考えの傲慢さに気付かされた」と記されている。確かにそうだ。

私の体験にも重なるが、脳梗塞で倒れるとまでは行かなかったものの、糖尿病は隠れた成人病だし、放置をしていると深刻な合併症にだってなりうる。動脈硬化でさえ、糖尿病の合併症のひとつなのだ。他人事ではない。

体は気合でどうにかなるということでこれまで過ごしてきた筆者だが、体のコンディションを整えるという点においては科学が必要なのだ。

運動が血液・体の内部に及ぼす影響は決して小さくはない。むしろ人間は動かないと死んでしまう。このコラムの傲慢さとは、体に無関心で居る自分の思考の停止にほかならないんだと感じた一説で、自分の体に対して改めて意識をしようとおもったきっかけになるものでした。

くわばらくわばらと祟をさけるよりも、今目の前でできることをしっかりやっていく。これが健康につながる一番の近道なのだ。あらために体に意識を向けなさい、そうすることが一病息災の意味を実践することになるんだと言われているように感じた今日このごろである。

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